2012年03月21日

台南一日旅行

昨日、3月17日には、台南に行ってきました。
前にも台南には行ってますが、今回は市内ではなく郊外の麻豆という町と、南鯤(魚+身)という町に行ってきました。どちらも列車の台南駅からバスで一時間以上かかる場所なので、今回は時間節約の為に高速鉄道(台湾新幹線)に乗りました。
とあるパンフレットで、外国人旅券保持者専用の三日間乗り放題切符があるのを知ったので台北駅窓口で早速購入!
・・・・
あれれ、売ってない???って、どういうこと?

駅では売ってなくて、国外か、指定旅行代理店でのみのお取り扱いだそうです。

出だしからすっころんだ感じで、そのまま滑り込んだ列車がこれまた台南に止まらない、というずっこけで先行きの悪い始まりではありました・・・・

それでも気を取り直して台南到着。在来線の台南駅まで在来線に乗り換えて到着。ここから興南客運のバスにのり、先ずは麻豆へ。

前の晩遅かったせいもあり途中殆ど船を漕いでおり、一時間半近くもバスに乗った気がしないまま、到着。ホント田舎ののんびりした感じでした。不思議とマイナスイメージは持ちませんでした。30度を超える初夏並みの太陽の下であった事も影響したのかも知れません。
寒がりなのに冬大好きと公言して憚らない私でありますが、子供の頃の経験からかじりじりと照りつける太陽の下での田舎の風景も結構好きなんです。

今朝は昨日の宴会の名残もあり朝腹ごしらえをしてなかったので先ずは近くで見つけた7−11で腹ごしらえ。
そして、ここ麻豆での目的地は、代官府。
参拝の人は多くはありませんでした。

でも、規模は大きい 大きい 大きいと言えば、こんなものも
巨龍_麻豆代官府
巨龍_麻豆代官府 posted by (C)ちゅんぞう
この龍は、1979年に一億元かけて作られたそうで、高さ7メートル、長さ76メートルの代物だそうです。
そして、龍の真下の地下が地獄、そして龍の胴体の中が天国になっていて最後口から吐き出されるという趣向になってます。
本来は真ん中に水晶宮というのもあるようですが現在公開中止中でした。
参観料は地獄天国それぞれ40元。120円位ですね。何故か日本語の簡単な表示もありましたが、一年に何人位日本人客が訪れるんでしょうね?でもまぁ、日本語表示があるっていうことが素直にうれしいです。
裁き
天国にて posted by (C)ちゅんぞう
↓これが龍の口から見た寺院の全景です。
巨龍からの眺め_麻豆代官府
巨龍からの眺め_麻豆代官府 posted by (C)ちゅんぞう

丁度龍の傍らで綺麗な花が咲いてました。
ツツジ(?)と龍
ツツジ(?)と龍 posted by (C)ちゅんぞう

こんな変わった形の観音堂も
麻豆代官府観音堂
麻豆代官府観音堂 posted by (C)ちゅんぞう

中の観音様はこんな感じでした。今二つくらいかな・・・・
麻豆代官府観音様
麻豆代官府観音様 posted by (C)ちゅんぞう

殿(しんがり)になりましたが、ご本尊はこちら
ご本尊_麻豆代天府
ご本尊_麻豆代天府 posted by (C)ちゅんぞう
祀られているのは李王、池王、吳王、朱王、范王という五王で、この為、五王廟とも呼ばれているということです。
この、五王を祀るのは、媽祖信仰と並ぶ台湾の民間信仰だそうで王爺信仰とも言う様です。
先日訪れた嘉義近郊の北港が台湾媽祖の大本山である事からも見て取れるように中国語wikipediaによれば中部台湾で盛んであるのに対し、王爺信仰は、南台湾で盛んとの事です。
余談ですが、台湾ではこの他に関羽を祀る宮あり、岳飛を祀る宮あり、と色々な神様が目白押しです。ここまで思いを至らせると、5階建て6階建ての建物にして色々な神様を祀る必要性にもうなずける感じがするわけです。

さて、この後麻豆の町をぶらりぶらりと散策。所々に点在する三合院を楽しんだり、日本占領時代に建てられたバロック風家屋を眺めたりしながら散策しました。
麻豆伝統家屋
麻豆伝統家屋 posted by (C)ちゅんぞう
この建物に限らず、こういう伝統的な建物が結構現役で使われているんです。へぇ、すんげぇなーなんて思うのですが、実は、現場ではまったく違う、こんなことを考えてました。
「石造りなんだから、耐久性も耐火性も木造建築の比ぢゃないはず。それを考えると余り残ってないって感じだなぁー。」

R0022056
R0022056 posted by (C)ちゅんぞう

こんな木造の小屋もありました。
R0022063
R0022063 posted by (C)ちゅんぞう
日本に居ると別に珍しくもなんともないのですが、台湾で見つけるとなんともいえない嬉しさがあります。
日本では、当時の台湾支配は比較旨く行ったとの評価が多いように思います。一つには台湾の人たちに比較的親日的とも思える人が多い事も関連しているように思います。

でも、私は若干違うんじゃないかと思ってます。
台湾と他の中国や韓国との間で大きく違う点があります。

それは、日本が去った後蒋介石がやってきた点です。
かつて未だ外省人と本省人とが意識の上ではっきり別れていた時代、本省人の蒋介石政権及びそれに続く国民党政権に対する評価は余り高くありませんでした。

彼ら曰く、それは国民党政権が台湾を臨時の拠点としか見ておらず、腰を据えて台湾の都市計画を策定しなかったからなのだそうです。一方日本は占領時代に割かしきちんとした支配をしたとの評価をされていました。

つまり、台湾においては、日本が去った後、「残念な」支配をした国民党との比較において優位に立てたという要因が大きいのではないかと思うのです。
先日飲み会の後、たまたま方向が同じだった若い部下と話をしていたとき、思いがけずそれを裏打ちするような発言がありました。
「自分達は日本に対しネガティブなイメージはありませんが当時を知る年代の人たちの間にはかなり複雑な感情があったようですヨ」

昔、当時を知っている台湾の人からもこんな話を聞いた事があります。
日本の占領期には日本語を話せないとビンタを喰らった。日本が去った後では日本が口をついてで出るとビンタを喰らった・・・・

確かに中国大陸に居た時に比べると、日本人である事を晒す事への緊張感は少ないですが、それでも日本の統治が良かったから台湾の対日感情が良いのだなんて、寝空言だと思います。

完全に脱線しました。

続きは、次回のお楽しみ・・・
タグ:台湾南部
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posted by muffinman at 00:42| 台北 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | ミニ旅行〜台湾南部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月18日

嘉義一日旅行 続き

まずは、延平路と呉鳳北路の交差点近くの嘉邑城隍廟へ。

嘉邑城隍廟は、1715年の創建のお宮で、城隍廟と言うのは、言うなれば土地の神様、鎮守様とでも行った所でしょうか。
そのためか、お参りする人々も後を絶たない賑わいでした。
こちらのご本尊は、装飾の色合いがよくマッチしていて、すッごく気に入りました。
嘉邑城隍廟_嘉義
嘉邑城隍廟_嘉義 posted by (C)ちゅんぞう


さてそれから次に九華山地蔵庵(別名北嶽殿)というお寺に参りました。こちらは、先程の嘉邑城隍廟よりちょこっと歴史が長く、1697年の創建との事でした。尤も両方とも当時の建物が残っている訳ではありません。この当たりが台湾の残念な所で、歴史的建造物が残っている寺社って意外と少ないような気がします。反面高層化しているお寺が多くこの九華山地蔵庵も七階建てでした。なんだか上層の神様仏様は下の階の神仏を踏みつけてる様で、恐れ多い感じがします。

九崋山地蔵庵
九崋山地蔵庵 posted by (C)ちゅんぞう

仏_嘉義地蔵庵
仏_嘉義地蔵庵 posted by (C)ちゅんぞう

地蔵菩薩_嘉義地蔵庵
地蔵菩薩_嘉義地蔵庵 posted by (C)ちゅんぞう

さて、ここ嘉義も街中をほっつき歩くと結構日本時代(日拠時代等と言います)の建物が残っています。こうした建物を見つけながら歩くのも楽しみです。
日本家屋
日本家屋 posted by (C)ちゅんぞう
日本家屋
日本家屋 posted by (C)ちゅんぞう

今回訪れた寺社はもう一箇所、双忠廟という所です。
ここは、規模も小さいし訪れる人もないある意味でひっそりとしたお宮です。
が、どうも嘉義で最も早く建てられたお宮だという研究結果が出された事で有名になったようです。何でも安禄山の乱の時に睢陽の防衛に当たった張巡許遠という二武将を祀ってあるのだそうだ。台湾では、実在の人物を祀ってあるお宮は少なくその意味でも希少なお宮だと言うことだそうです。
双忠廟
双忠廟 posted by (C)ちゅんぞう

さて、これらのお宮を巡った後は、阿里山鉄道の北門駅近くにある嘉義博物館へ向かいました。お目当ては交趾陶博物館。交趾陶と言うのは、低い温度で焼いた陶器の事だそうで、主に寺社の屋根などの装飾に使われています。交趾と言うのは、今の雲南省南部やベトナム当たりをこう呼んだのが起こりで、その一体の焼き物の作り方だそうです。結構色々見応えがありました。
線路端
線路端 posted by (C)ちゅんぞう
阿里山鉄道
阿里山鉄道 posted by (C)ちゅんぞう

それから最後の目的地、鉄道の嘉義駅の北側に廃倉庫を利用した嘉義鉄道芸術村という所を訪れました。規模は小さく幾人かの若き芸術家のアトリエが個展をしているだけでしたが、それなりに楽しめましたよ!
特急列車
特急列車 posted by (C)ちゅんぞう
嘉義駅
嘉義駅 posted by (C)ちゅんぞう

帰りは、高速バスで4時間ほど揺られ、夜10時頃に台北に帰着しました。
タグ:台湾の寺院
posted by muffinman at 22:48| 台北 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | ミニ旅行〜台湾南部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月12日

嘉義一日旅行

週末に、南部台湾の嘉義に行って来ました。
台湾北部から中部にかけては雨主体の天気予報でしたが、南部はかろうじて曇りの予想だったので、思い切って足を延ばした、というわけです。
今回は更に珍しくも鈍行列車で行くことにしました。
朝6時27分台北駅出発。途中新竹と斗六という二箇所で乗り換えながら6時間の旅路でした。
とは言っても乗り継ぎは結構スムーズで、大体10分から15分程度の乗り換え時間でした。

列車に乗る際の最大の問題は、クーラー対策です。今回もかなり厚着をした積もりでしたが、やっぱり一時間もしない内に底冷えが・・・寝不足と寒さから身を縮こませて、大半の時間居眠りをしてました。

さて、そうこうするに嘉義到着。
先ず、駅から一番遠い弥陀禅寺に向うことにしました。
駅前のバスターミナルで聞いてみると、直ぐに次のバスが来るとのこと。何というタイミングの良さ!18元のバス代を払い、飛び乗りました。見知らぬ土地では、到着を教えてくれるよう運転手さんに頼んでおくのが安全。ちゃんと教えてくれます。

さて、着いたとこまでは良かったのですが、なんとお寺の門が


閉まっています!?
弥陀禅寺本殿
弥陀禅寺本殿 posted by 弥陀禅寺前庭
弥陀禅寺前庭 posted by (C)ちゅんぞう.jp/user/top/100118">(C)ちゅんぞう

お寺の脇には、こんな義民供養塔もありました。
義民碑_嘉義
義民碑_嘉義 posted by (C)ちゅんぞう

門外から仏様を遥拝し、15分位でバス停に戻ってみると、なんと次のバスまで1時間もあります。

このまま呆然とバスを待っているのも芸が無いので、兎に角暫く歩くことにしました。

道は単純なので迷うこともなく、次の目的地である火鶏肉飯レストランに向かって・・・

(続く)



posted by muffinman at 23:52| 台北 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | ミニ旅行〜台湾南部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月28日

北港と新港 日帰りの旅

昨日は、四連休の3日目、南のほうが天気が良い事を祈りながら嘉義の近く、北港と新港という二都市に行って来ました。

行き方は、在来線+バス、新幹線+バス、バス直行の三通り。三日目なら道路もそんなに混まないだろうと思い一番安いバスで行く事に。

台北駅北側の台北転運站から統聯バス(U-BUS)で6時45分発北港行きに乗車。片道380元で、何故か40元の割引券をくれました。天気も悪いし、遠出するには中途半端な日ということもあり、乗客はまばら。

さて、4時間程バスに揺られ(寒かった〜)北港に着くと、よもやの雨・・・
それでも旧正月から三月頭迄は参詣シーズンらしく、参拝客で溢れ返っていました。
北港朝天宮前景R
北港朝天宮前景R posted by (C)ちゅんぞう
雨の休暇_北港朝天宮R
雨の休暇_北港朝天宮R posted by (C)ちゅんぞう

北港の朝天宮は、全台湾の媽祖の総元締め。
さすが総元締めだけあって、各国語で書かれたサイトがあります。
媽祖伝説から宮の建築芸術の解説まで、詳しく書かれていますのでとても参考になります。
横浜中華街にもありますので、参観される機会があったら事前にこのサイトを覗いておかれるといいかもしれません。

肝心のご本尊は、思いのほか大きく、高さ多分2.5メートルはあるのではないでしょうか。
他にも奉納された媽祖像が所狭しと並んでいました。
参拝_北港朝天宮R
参拝_北港朝天宮R posted by (C)ちゅんぞう
写真ではぜんぜん判りませんが、中央のちょっとドームのような形をした中の左側におわします。

また、台湾のお宮は、これでもかと言う位方々におびただしい神仏が居るので、みなさんお線香を掲げながらあちらこちらと歩き回ります。
参拝客_北港朝天宮R
参拝客_北港朝天宮R posted by (C)ちゅんぞう

基本は媽祖を祀った民間信仰のお宮ですが、観音様だってがんばってらっしゃいます。
千手観音様_北港朝天宮
千手観音様_北港朝天宮 posted by (C)ちゅんぞう



さて、ここから嘉義行きバスに乗って新港へ移動しました。
運賃は46元。新港の奉天宮に着いたら教えてね、と運転手さんに頼んどいたらちゃんと教えてくれました。
降りたら早速市が出ており、中にきゅうすを売ってるお店が・・・
西施倒把という形の少し大振りの急須が私を呼んでいました(と思えたのです)。
55元で売ってたのを一寸だけまけてもらい50元で購入してしまいました。
これがその急須。
西施倒把
西施倒把 posted by (C)ちゅんぞう

さて、ここも門前はかなりにぎやか。
新港奉天宮前景
新港奉天宮前景 posted by (C)ちゅんぞう

信者の方々の参拝団も次から次へとやって参ります。
信者の行進
信者の行進 posted by (C)ちゅんぞう

門前には、お供えの花を売る売り子さんも。
売り子
売り子 posted by (C)ちゅんぞう

私は、どうも北港の朝天宮よりこちらの方が波長が合うのか、気持ちが湧き立つのを感じました。
燈
posted by (C)ちゅんぞう

屋根に飾られた、交趾陶という装飾も、とても華やかな彩りでした。
にぎわい
にぎわい posted by (C)ちゅんぞう
屋並_新港奉天宮R
屋並_新港奉天宮R posted by (C)ちゅんぞう

そしてお宮の北裏は、台湾独特の三合院造りの建物が所々現役で残っており、そうした路地を歩くと、作られた老街よりずっといいな、っと感じました。
そして、古い映画館の廃墟も・・
映画館跡_新港R
映画館跡_新港R posted by (C)ちゅんぞう

映画館跡_新港R
映画館跡_新港R posted by (C)ちゅんぞう

このように街をほっつき歩った後、名物らしい鴨肉羹を戴きました。
鴨肉ともやしをとろみのあるスープで煮込んだものの様で、とても甘くおいしかったです。

と言うことで、天気には祟られましたが、中々満足した旅でした。
posted by muffinman at 22:47| 台北 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | ミニ旅行〜台湾南部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月16日

苗栗県三義への日帰り旅行

昨日は苗栗県にある三義という場所に行って来ました。
ここは、木彫品で有名な所。そして近く(と言っても3−4キロ離れてますが)には更に勝興という廃線の駅そして1930年代の地震で崩れたという断橋などの見所が有ります。

最初に木彫博物館に行きました。
三義木彫博物館
三義木彫博物館 posted by (C)ちゅんぞう
入場料80元取るだけのことはあり、規模は大きくありませんが、結構見応えありました。館内撮影禁止だったので作品をご紹介できないのが残念です。
この類の博物館はろくに手間もかけてない子供だましの展示物にがっかりすることが往々にしてあるのですが、ここは現代の作品を中心に、なかなかしっかりした作りの作品が多くありました。個人的には仏像彫刻も気に入りました。仏像も街中のお寺では作りそのものに感心することはあまりありませんが、数は少ないものの日本で見るような仏像に出会えました。
なんでも日本へも輸出してるとか。日本への輸出用作品も展示してありました。

続いて断橋見学。そして勝興駅へと向かいました。
断橋は、龍騰断橋と言って、1905年頃に当時占領していた日本総督により建設された(という事は辛亥革命前)もので、その後1935年の関当山地震で崩れてしまったとのこと。当時の品質の高さには後日譚が残っています。橋が崩れた後このレンガを持ち帰って自分の家の建設材にしようという人が沢山いたらしいのですが、一日かかってやっと数個のレンガを叩き割れる程度だったというのです。それだけ品質にこだわり、質の良い仕事であったという事な訳です。
勝興駅は、橋が崩壊した後も隣に新しい橋を掛けて運行していたようですが、今はそれも廃線となって使われていません。現役であった頃は台湾鉄道の駅の中では最高地点にあったとの事で、今でもそれを表示する木柱が立っています。
断橋2
断橋2 posted by (C)ちゅんぞう
廃線にて
廃線にて posted by (C)ちゅんぞう
廃線
廃線 posted by (C)ちゅんぞう
信号機
信号機 posted by (C)ちゅんぞう
勝興駅にて
勝興駅にて posted by (C)ちゅんぞう
駅名表示
駅名表示 posted by (C)ちゅんぞう

そうそう、そして木彫博物館の近くにはあの、向田邦子さんが罹難された1981年の航空事故現場があります。
「阿修羅のごとく」や「あ うん」で涙を流した拙としては、お線香を手向けてまいりました。
飛行機墜落慰霊
飛行機墜落慰霊 posted by (C)ちゅんぞう

三義は見所が点在している上に観光地点を回るバスなども無いので、不便ではありますが、駅前でスクータを借りられるので一度回ってみることをお勧めします。

最後は、三義の街中に在る孔子像で締めくくります。
孔子像部分
孔子像部分 posted by (C)ちゅんぞう
posted by muffinman at 01:12| 台北 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | ミニ旅行〜台湾北部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月15日

納豆とおからを手に入れた

台湾に来てずっと見つからなかったものが2つありました。
それは、納豆とおから。
納豆は、きっと誰も食べないんだろうなと思って諦めてました。
でも、おからは、これだけ豆乳を売ってるんだからあるはずだが、と不思議に思ってました。

ヒントはひょんな所から出てきました。
テレビの朝のニュースを聞いていたら、
「日本で売ってる納豆は賞味期限がとっても短いのに台湾で売ってる納豆は一年近くあります。なんにか悪いものでも入ってるんでしょうか?」
というニュースが。
答えは、台湾で売ってる納豆は日本から冷凍して輸送してくるから。そして店の売り場でも冷凍食品として売っているのだそうです。

という訳で早速スーパーに行って見たら、

ありました!

確かに冷凍食品コーナーにありました!

さて、おから。

これは、思い切って豆乳屋さんに聞いたら、あっさりとありました。
尤も台湾では人の食べるものではなく、家畜の餌にでもするものなのか、
「人が見たらかっこ悪いから人に見られないようにこっそりもってけ」
なんて言われました。取り放題 もちろん ロハ。

なかなか嬉しい経験でした!
posted by muffinman at 18:04| 台北 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | 台湾生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月27日

金山までツーリング

先日終に150CCの中古バイクを購入!
ところが、ずっと調子がおかしかったのですが、ネットであれこれ調べてどうもキャブレータの問題らしいと特定して直してもらいました。そして今日は、いうなれば試乗会!!
空一杯に厚い雲がかかり、ちょっぴり不安な天気でしたが、決行!!
山道を通って北海岸の金山迄行ってきました。
目的地は二箇所。法鼓山という大きな仏教集団の本山見学と、テレサテンのお墓。どちらも金山の近郊にあります。

さて、自宅の裏から何時もの散歩コースを辿って、金龍寺、そして碧山巌をすり抜け、ここから先は未体験ゾーン。今日は、途中からしかありませんが、ルートはこちら↓

大きな地図で見る

コースの中の峠ともいえるのが風櫃嘴と呼ばれる場所。上の地図の緑の旗が立ってる場所です。
ちょっとした休憩所もあり、流石に良い景色でした。また、ここから先日登った陽明山のフ天崗迄遊歩道もありました。
風櫃嘴からの風景
風櫃嘴からの風景 posted by (C)ちゅんぞう

さて、ここから萬嵌路に沿って北海岸の萬里を目指し、途中太和路を左に折れて金山を目指すのですが、太和路を曲がった所で、いきなり「泰国四面仏」なる看板が眼に入りました。
仏教系のお寺めぐりも手掛けている身共としては見過ごせないカンバン!早速寄り道です。
四面仏はこんな感じ↓
太和路臨済宗圓済寺四面佛
太和路臨済宗圓済寺四面佛 posted by (C)ちゅんぞう

観音堂の観音菩薩
太和路臨済宗圓済寺観音菩薩
太和路臨済宗圓済寺観音菩薩 posted by (C)ちゅんぞう
三階は本殿
お釈迦様です。
太和路臨済宗圓済寺釈迦如来
太和路臨済宗圓済寺釈迦如来 posted by (C)ちゅんぞう

観音堂の表は、こんな感じ。また表には石仏達も
太和路臨済宗圓済寺観音堂
太和路臨済宗圓済寺観音堂 posted by (C)ちゅんぞう

太和路臨済宗圓済寺石仏達
太和路臨済宗圓済寺石仏達 posted by (C)ちゅんぞう

このお寺、臨済宗圓済寺というお名前。禅寺の様です。
帰宅後地図を見てもクレジットされてなく、殆ど無名のお寺の様です。でも、中々ヨカッタ。

さて、次は、法鼓山ですが、なんと来週土曜迄法会があって一般公開してないとの事。臨時参加するならマイクロバスで送迎するけど?なんていわれました。今日は遠慮して、改めて一般公開している時に再訪する事に。そして次の目的地、テレサテンの墓所へ。
非常に広大な霊園となっており、こんな石仏も。
11 27 11_碧山路から金山_0012
11 27 11_碧山路から金山_0012 posted by (C)ちゅんぞう

北海岸の眺望も抜群!
11 27 11_碧山路から金山_0014
11 27 11_碧山路から金山_0014 posted by (C)ちゅんぞう

テレサテンの墓所前には、肖像の彫刻も。下の花壇はト音記号になってます。
テレサテン墓地
テレサテン墓地 posted by (C)ちゅんぞう
テレサテン墓地2
テレサテン墓地2 posted by (C)ちゅんぞう

墓石は、こちら↓
テレサテン墓所
テレサテン墓所 posted by (C)ちゅんぞう

思いがけないお寺の発掘もあり、山道のカービングも堪能し、中々の一日でした。



でも帰り暗くなってからなんとヘッドライトが点かないのに気づいた・・・またバイク屋行って修理してもらわなきゃ・・・
posted by muffinman at 23:36| 台北 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | ミニ旅行〜台湾北部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月12日

西螺の旅 その2

さて、今回は、西螺小旅行の続きです。

先ずは、延平老街の町並み。
延平老街
延平老街 posted by (C)ちゅんぞう
延平老街
延平老街 posted by (C)ちゅんぞう
延平老街
延平老街 posted by (C)ちゅんぞう

@西螺福興宮
福興宮1
福興宮1 posted by (C)ちゅんぞう
延平老街に戻って暫く歩くと、西螺で最も規模の大きい西螺福興宮に到着。
こちらも媽祖を祀ってあるお宮で、1717年に福建の湧泉寺の明海というお坊さんが福建の湄洲というと所から媽祖像を奉じて台湾に渡ったのが始まりで、1723年に西螺にお宮を建てたのが始まりとの事です。
中には、このような十八羅漢があったり三階に上がるとこんなお釈迦様がおわしたり、中々見ごたえのあるお宮です。
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十八羅漢像 posted by (C)ちゅんぞう
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11 05 11_0047 posted by (C)ちゅんぞう

ここに限らないのですが、台湾の特に道教系の色彩の強いお寺やお宮は壁画や柱に故事や逸話に題を採った彫り物や飾り物、絵画等の装飾が施されています。
例えば、三国演義とか、岳飛の物語などのお話や、二十四孝のような教育的な内容や、他にも福禄寿などの縁起物もあります。
おそらく昔の人にとってそれらは、紙芝居のような、眺めては指を指し、はたまた名調子でせりふを語ったりと、楽しみの娯楽であったり、子供を連れてお参りに来ると二十四孝等の装飾を指しながらおこなう教育の教材だったりと色々とつかわれたんじゃないかなぁ、なんて思います。
そんな風に考えると、ある種神聖な、かしこまった場である日本の寺社とのあり方の違いが感じられて面白いですね。

A長老派教会
さて、この後は、長老会教会というカトリックの教会の建物を外から見学した後西螺大橋を見学。
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11 05 11_0059 posted by (C)ちゅんぞう

B西螺大橋
西螺大橋
西螺大橋 posted by (C)ちゅんぞう

西螺大橋は、1953年に開通した鉄橋で全長1,939メートルもあり、手元のパンフレットによると建設当時は極東で一番長い橋だったそうです。
初期にはサトウキビを運ぶ軽軌道も通っていたとか。
西螺大橋
西螺大橋 posted by (C)ちゅんぞう
この後は、バス停に戻る方向を目指し、水田風景を楽しみながら道すがらの蕭氏旧宅によったあと、
未だ時間に余裕があったので、再び広福宮と振文書院に立ち戻りました。
道すがら撮った風景はこんな感じ。
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11 05 11_0058 posted by (C)ちゅんぞう
11 05 11_0054
11 05 11_0054 posted by (C)ちゅんぞう

C広福宮
先程は一階部分のみお参りしましたが、今度は上の階にも登ってみる事に。
一番上の階には観音様。
広福宮
広福宮 posted by (C)ちゅんぞう
本殿の屋根の装飾は、青空に映えてとっても綺麗。
広福宮
広福宮 posted by (C)ちゅんぞう
こちらは開祖さまだそうです。
広福宮
広福宮 posted by (C)ちゅんぞう

さて、街の中心から大分離れバス停に近づいたところで、面白い一角を発見。
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11 05 11_0105 posted by (C)ちゅんぞう
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11 05 11_0107 posted by (C)ちゅんぞう
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11 05 11_0108 posted by (C)ちゅんぞう
11 05 11_0109
11 05 11_0109 posted by (C)ちゅんぞう
今は廃墟ですが、まだ生活の跡が残っていました。
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11 05 11_0111 posted by (C)ちゅんぞう
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11 05 11_0112 posted by (C)ちゅんぞう

こんな所で今回の旅路は終了。何故か予定より早くきた、と言うより多分もともとチケットを買ってあったバスとは違う路線のバスで16時一寸前に出発。
夜の8時15分前位に台北駅のバスターミナルに帰着しました。
帰りも結構のろのろ運転であったようですが、疲れとビールからうつらうつらと居眠りしながらの心地よい4時間弱でした。
posted by muffinman at 13:02| 台北 霧| Comment(0) | TrackBack(0) | 台湾生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月07日

雲林西螺旅行その@

西螺旅行 第一回
土曜日は、久しぶりに遠出をしました。向かったのは中部台湾の南部、雲林県の西螺という街です。
ここは、所謂老街があるとはいえ、地球の歩き方を見ても、現地の旅行書を見ても、せいぜい1−2ページしか割いてない程度の場所。さて、どんな見物がある事か。
今日の行程はこの通り↓

より大きな地図で 西螺 を表示

台北から西螺迄は高速鉄道で台中迄行ってバスに乗り換える、直接長距離バスに乗って行くという等の方法がありますが、拙はバスが好きなので、バス路線を選択。バスは、国光客運と統聯客運の2社があります。7-elevenの券売機で国光客運の予約をしようとしましたが何故か座席指定の所で何故か「この席はたった今売れちゃいました!」というふざけたメッセージが出て先に進めないと状況だので、もう一方の統聯客運で予約。ホントは朝7時頃出発したかったのですが結局8時15分のバスを予約。帰りは、4時過ぎ西螺出発のバスを予約しました。

乗車地点は、台北駅横の台北バスターミナル。
台北からの乗客はほんの数えるばかり。えーっ空いてんじゃん??と思いきや次の三重バス停でどっと乗り込み36席ほぼ満員状態となりました。

途中うつらうつらしながらも、高速道路は結構のろのろな感じ。それでも12時前には何とか到着。
一寸恐れてはいたものの、やっぱり中心部からは大分離れている感じでした。
11 05 11_0001
11 05 11_0001 posted by (C)ちゅんぞう

バス停の近くには、「道の駅」も。でも大分寂れた感じ。でも店員さんは親切でした。
道の駅
道の駅 posted by (C)ちゅんぞう

ここで地図を戴いて、いざ中心部に向かって出発!
ここは、お米としょうゆで有名な町らしく、この通り、水田もあちこちにあり、どこと無く日本の水田風景を思い起こさせ、特に農村出でもない拙もなんとなくホッとする様な感じです。
水田風景
水田風景 posted by (C)ちゅんぞう

カレコレ20分も歩いたでしょうか。
@振文書院
最初の訪問地 振文書院 に到着。
由来に依ると、もともとは簡単な文昌帝を祀った祠であったものを1797年に振揚文教を唱って建て直したのが始まりとの事。今では国の三級史跡に指定されています。
振文書院
振文書院 posted by (C)ちゅんぞう
振文書院の梁
振文書院の梁 posted by (C)ちゅんぞう
因みに台湾で書院というと、この文昌帝を祀ったお寺の事を指すことが多いらしいです。
この文昌帝の由来は色々あるようですが、基本的に科挙の神様で、試験合格祈念にお参りする所だとの事。日本で言えば天神様ですな。

そうした事からか、お宮も道教のお宮とは雰囲気を事にしていて、落ち着いた良い雰囲気でした。本殿内部の梁は長年のお香に燻り出されて飴色に輝き、すばらしい一時でした。

A広福宮
次に訪れたのは、西螺広福宮。
こちらは馬祖を祀ったお宮。
1644年に大陸から渡ってきた人たちにより創建されたとのこと。
江戸時代初期ですね。
広福宮
広福宮 posted by (C)ちゅんぞう
広福宮 (1)
広福宮 (1) posted by (C)ちゅんぞう
このお宮のある辺りは、北の老街のある場所よりも後に開拓された新市街であった事から新街馬祖廟と呼ばれているとの事です。

B泰山石敢当
ここから老街などがある旧市街迄は又一寸離れておりました。
次に向かったのが、泰山石敢当。
石敢当というと、沖縄を思い出す方も多いと思いますが、ルーツは同じです。
ただ、ここのはやたらと大きい。身の丈よりも高い石碑でした。
1827年建立の高さ5尺6寸と言いますから2メートル弱位でしょうか。台湾最大の石敢当との解説。
そして、ここには、水害防止に込められた思いが。
まず、泰山の泰の字。
真ん中の水の字の点が一つ欠けてます。これは、河の水量が少なく氾濫しない様に、との思い。
石の字
右側に点が打ってあります。これは石に加持祈祷を施した事を意味しており、法力により石が勝手に動き回らないように、との思いだそうです。
敢の字
編の耳の下が抜けてません。これにより、四方八方が安定で穏やかなる事を祈念している、とのこと。
石敢当
石敢当 posted by (C)ちゅんぞう
石敢当3
石敢当3 posted by (C)ちゅんぞう
石敢当3 (1)
石敢当3 (1) posted by (C)ちゅんぞう
石敢当3 (2)
石敢当3 (2) posted by (C)ちゅんぞう


C丸荘醤油
次は、西螺の老街である、延平老街に立つ何故か有名な丸荘醤油に向かいました。
丸荘醤油
丸荘醤油 posted by (C)ちゅんぞう
こんなカンバン
丸荘醤油 (1)
丸荘醤油 (1) posted by (C)ちゅんぞう

ここは、醤油の販売だけでなく、展示場や、昔の職人さんたちが住み込んでいた部屋を公開していたり、また醤油製作の体験もさせてくれるようです。
丸荘醤油 (3)
丸荘醤油 (3) posted by (C)ちゅんぞう
丸荘醤油 (2)
丸荘醤油 (2) posted by (C)ちゅんぞう
ここ西螺は特に黒豆で作る醤油が特産との事で、黒豆で作った醤油を特に蔭油と呼ぶそうです。
蔭というのは、5ヶ月に及ぶ醸造過程を指すとの説明でした。


外に出ると、延平老街の街角には、流石お醤油の里らしくこんなモニュメント達がありました。
延平老街 (1)
延平老街 (1) posted by (C)ちゅんぞう
延平老街
延平老街 posted by (C)ちゅんぞう

D西螺大戯院
丸荘醤油の直ぐ脇を裏に抜けると、有名な三角水餃子屋さんがあり、その脇をすりぬけると直ぐに西螺大戯院があります。
延平戯院
延平戯院 posted by (C)ちゅんぞう
1940年に建てられた物との事ですが、何時まで営業していたのか、
もう大分前に廃業した様で、中は完全に荒れてました。
延平戯院 (1)
延平戯院 (1) posted by (C)ちゅんぞう
延平戯院 (2)
延平戯院 (2) posted by (C)ちゅんぞう

さて、続きは次回・・・
タグ:台湾中部
posted by muffinman at 00:42| 台北 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 台湾生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月22日

台北画廊巡り

先週は、久しぶりに散歩に出かけました。目的地は台北市内の四箇所。その内三箇所は画廊で行われている写真の展覧会巡りです。先ずは朝10時半位に家を出発。
行程は、この地図の通り。

より大きな地図で 台北市内画廊三箇所 を表示

我が家から市の中心部に出るには、河を越える必要があり、何時も良く使うのは、圓山で中山北路を通って渡る、大直から大直橋を渡る、民権東路で民権大橋を渡る、と言うのが最も良く使うパタン。
バスの多くは、中山北路か民権大橋を通ります。
今日は、グーグルのご託宣により、一寸ずれて成美橋という橋を渡るコース取りとなりました。
初めてのコースなのでちょっぴり期待しつつ出発!

最終的にメトロの麟光駅の近く迄行く事になり、道のりで13キロ一寸。一昨日まで何年か振りで風邪気味だったので(週末になったらけろっと直るあたり、幾つになっても現金なもんです)途中リタイアも考えてバスも調べておきました。
成美橋を渡る前に通った川沿いの新明路という道はかなりうらぶれた道。
新明路
新明路 posted by (C)ちゅんぞう
新明路2
新明路2 posted by (C)ちゅんぞう

よく考えてみると、うらぶれているかどうかの判定基準の一つが便利商店があるかどうかですね。 

一軒も無かったように思います。

成美橋
成美橋 posted by (C)ちゅんぞう
新明端2
成美橋 posted by (C)ちゅんぞう

さて、成美橋を渡ると八徳路四段。鉄道の松山駅の一寸先の辺りです。
観光案内を持ってる方は、饒河街夜市の辺りです。ここからは一本道。只管市民大道の高架道が見えて来る迄歩き続けると、最初の目的地。

ここは、巨翔という中古バイク屋さんです。今の台北では、バイク屋さんというと殆どスクータタイプのバイクしか並んでないのですが、こちらは、普通のバイクを沢山並べています。殆ど125ccと150ccですが。値段を聞いてみるとナンバープレートなどの諸経費込みで4万元弱。このクラスのバイクをレンタルすると24時間で800元くらい。週末に遠出する時に乗る位のあたしには、レンタルの方が断然お得なことはわかっちゃいるいるものの、レンタルじゃスクータしかない事を考えると、やっぱり買いたいなぁ、と悩んでいます。

さて、お次は延吉街にある1839当代芸廊という所での写真展。今時珍しい湿版写真機で撮影したガラス板ポジの作品展でした。ガラスに塗った湿式感光剤に露光するタイプ。坂本竜馬を写した写真、あれですね。シャッタースピードが遅いせいか、殆どが静物の写真でした。また、非常に被写界深度が浅い為にピントのエッジがキリッと立っている上に、大判であるが為の粒子の細かさと硝子板のポジを透過光で見るという三拍子揃った??、なんともいえない独特の立体感のある写真でした。写真展案内のウェブサイトはこちら。写真展はもう終わっちゃいましたが、このサイトに三枚写真が載ってますのでごらんいただけます。尤もPCで見てもこの感動は正直伝わりませんが・・・
あぁ、これが魅力で写真撮ってるんだよなぁ、って改めて思い出しました。
そこから足を伸ばして次は仁愛路と安和路の交差点の近くにあるnou gallaryを訪問。
こちらでは、taking timeという展覧会をやってました。
点数は少なかったもののなかなか右脳を刺激する作品がありました。例えば、韓国の作家の作品は、アクリル板に画を描き、それを壁から一寸離して配置、そこに光を当てるとアクリル板の画と壁に投射された画とが微妙な立体感を生み出す、なんて細工、正直刺激されました。

うん、今日は中々収穫あると喜びながら更に歩を進め本日締めの目的地 耳房芸文空間 へと向かいました。因みに耳房と言うのは、母屋の両脇に増設した建物の事で、丁度顔の両側の耳を連想させる事から耳房と言うのだそうです。その名の通り、ここは三合院の右側の耳房に開設されたと言うのか、ひょっとしたら自宅を開放しているのか、という場所で、てっきりビルの中にあると思い込んでいた拙にはかなり意外な出会いでした。

作品は、と言うと、まぁ、正直言って余り印象に残りませんでした。

と言うことで、帰りはメトロ麟光駅の近くからバスに乗りました。こんな所から家の近くまで行くバスがあるんだと感心しながら・・



posted by muffinman at 11:47| 台北 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | 台湾生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする