前にも台南には行ってますが、今回は市内ではなく郊外の麻豆という町と、南鯤(魚+身)という町に行ってきました。どちらも列車の台南駅からバスで一時間以上かかる場所なので、今回は時間節約の為に高速鉄道(台湾新幹線)に乗りました。
とあるパンフレットで、外国人旅券保持者専用の三日間乗り放題切符があるのを知ったので台北駅窓口で早速購入!
・・・・
あれれ、売ってない???って、どういうこと?
駅では売ってなくて、国外か、指定旅行代理店でのみのお取り扱いだそうです。
出だしからすっころんだ感じで、そのまま滑り込んだ列車がこれまた台南に止まらない、というずっこけで先行きの悪い始まりではありました・・・・
それでも気を取り直して台南到着。在来線の台南駅まで在来線に乗り換えて到着。ここから興南客運のバスにのり、先ずは麻豆へ。
前の晩遅かったせいもあり途中殆ど船を漕いでおり、一時間半近くもバスに乗った気がしないまま、到着。ホント田舎ののんびりした感じでした。不思議とマイナスイメージは持ちませんでした。30度を超える初夏並みの太陽の下であった事も影響したのかも知れません。
寒がりなのに冬大好きと公言して憚らない私でありますが、子供の頃の経験からかじりじりと照りつける太陽の下での田舎の風景も結構好きなんです。
今朝は昨日の宴会の名残もあり朝腹ごしらえをしてなかったので先ずは近くで見つけた7−11で腹ごしらえ。
そして、ここ麻豆での目的地は、代官府。
参拝の人は多くはありませんでした。
でも、規模は大きい 大きい 大きいと言えば、こんなものも

巨龍_麻豆代官府 posted by (C)ちゅんぞう
この龍は、1979年に一億元かけて作られたそうで、高さ7メートル、長さ76メートルの代物だそうです。
そして、龍の真下の地下が地獄、そして龍の胴体の中が天国になっていて最後口から吐き出されるという趣向になってます。
本来は真ん中に水晶宮というのもあるようですが現在公開中止中でした。
参観料は地獄天国それぞれ40元。120円位ですね。何故か日本語の簡単な表示もありましたが、一年に何人位日本人客が訪れるんでしょうね?でもまぁ、日本語表示があるっていうことが素直にうれしいです。

天国にて posted by (C)ちゅんぞう
↓これが龍の口から見た寺院の全景です。

巨龍からの眺め_麻豆代官府 posted by (C)ちゅんぞう
丁度龍の傍らで綺麗な花が咲いてました。

ツツジ(?)と龍 posted by (C)ちゅんぞう
こんな変わった形の観音堂も

麻豆代官府観音堂 posted by (C)ちゅんぞう
中の観音様はこんな感じでした。今二つくらいかな・・・・

麻豆代官府観音様 posted by (C)ちゅんぞう
殿(しんがり)になりましたが、ご本尊はこちら

ご本尊_麻豆代天府 posted by (C)ちゅんぞう
祀られているのは李王、池王、吳王、朱王、范王という五王で、この為、五王廟とも呼ばれているということです。
この、五王を祀るのは、媽祖信仰と並ぶ台湾の民間信仰だそうで王爺信仰とも言う様です。
先日訪れた嘉義近郊の北港が台湾媽祖の大本山である事からも見て取れるように中国語wikipediaによれば中部台湾で盛んであるのに対し、王爺信仰は、南台湾で盛んとの事です。
余談ですが、台湾ではこの他に関羽を祀る宮あり、岳飛を祀る宮あり、と色々な神様が目白押しです。ここまで思いを至らせると、5階建て6階建ての建物にして色々な神様を祀る必要性にもうなずける感じがするわけです。
さて、この後麻豆の町をぶらりぶらりと散策。所々に点在する三合院を楽しんだり、日本占領時代に建てられたバロック風家屋を眺めたりしながら散策しました。

麻豆伝統家屋 posted by (C)ちゅんぞう
この建物に限らず、こういう伝統的な建物が結構現役で使われているんです。へぇ、すんげぇなーなんて思うのですが、実は、現場ではまったく違う、こんなことを考えてました。
「石造りなんだから、耐久性も耐火性も木造建築の比ぢゃないはず。それを考えると余り残ってないって感じだなぁー。」

R0022056 posted by (C)ちゅんぞう
こんな木造の小屋もありました。

R0022063 posted by (C)ちゅんぞう
日本に居ると別に珍しくもなんともないのですが、台湾で見つけるとなんともいえない嬉しさがあります。
日本では、当時の台湾支配は比較旨く行ったとの評価が多いように思います。一つには台湾の人たちに比較的親日的とも思える人が多い事も関連しているように思います。
でも、私は若干違うんじゃないかと思ってます。
台湾と他の中国や韓国との間で大きく違う点があります。
それは、日本が去った後蒋介石がやってきた点です。
かつて未だ外省人と本省人とが意識の上ではっきり別れていた時代、本省人の蒋介石政権及びそれに続く国民党政権に対する評価は余り高くありませんでした。
彼ら曰く、それは国民党政権が台湾を臨時の拠点としか見ておらず、腰を据えて台湾の都市計画を策定しなかったからなのだそうです。一方日本は占領時代に割かしきちんとした支配をしたとの評価をされていました。
つまり、台湾においては、日本が去った後、「残念な」支配をした国民党との比較において優位に立てたという要因が大きいのではないかと思うのです。
先日飲み会の後、たまたま方向が同じだった若い部下と話をしていたとき、思いがけずそれを裏打ちするような発言がありました。
「自分達は日本に対しネガティブなイメージはありませんが当時を知る年代の人たちの間にはかなり複雑な感情があったようですヨ」
昔、当時を知っている台湾の人からもこんな話を聞いた事があります。
日本の占領期には日本語を話せないとビンタを喰らった。日本が去った後では日本が口をついてで出るとビンタを喰らった・・・・
確かに中国大陸に居た時に比べると、日本人である事を晒す事への緊張感は少ないですが、それでも日本の統治が良かったから台湾の対日感情が良いのだなんて、寝空言だと思います。
完全に脱線しました。
続きは、次回のお楽しみ・・・
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